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「よだきい」 でも、生きる [その他]

大分弁の「よだきい」という言葉をご存じでしょうか?

これは、「面倒くさい」「億劫」「疲れた」という意味で使われます。
数ある大分弁の中でも、言葉のニュアンスや情感において横綱級の方言だと私は思います。

平和園の子ども達もよく使う言葉で、私も何度も耳にしては思わずおかしくなってしまいます。
平和園では別府大学の荒金先生のご協力の下で、長年「書のあそび」の時間を持ってきました。そこで作成された作品をながめていたら、下の写真のような書を見つけました。




中学生の、ある女の子の作品です。
これは、文字だけでなく、是非写真で見てもらいたいと思いました。

児童養護施設に入るような家庭環境の中で、思春期を迎える子ども達にとっては、まさに「なんでも よだきい」に違いありません。しかし、そのような生き苦しさの中で、「でも生きるぞ」と語る言葉には、人生に立ち向かう決意が溢れています。

詩篇68編の20節には、
  「主をたたえよ
     日々、わたしたちを担い、救われる神を。」   と新共同訳ではあります。

口語訳では「わたしたちを担い」ではなく「われらの荷を負われる主」と訳しています。
私達が日々負っている重荷。独りで負うには「よだきい」ものです。しかし、その重荷ごと私達を背負って下さるお方がいるのです。そのことに気づかされ、主を讃えることが出来る人こそ幸せではないでしょうか。

「よだきい」 でも生きる! 平和園の子ども達一人一人の上に、神様の祝福が豊かに与えられますように祈ります。


タグ:別府平和園
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